大学・学校づくり研究科 第19回定例研究会

「学校経営と学校広報
- 信頼関係形成と評価充実のために何が必要か - 」

豊福 晋平 氏
(国際大学)

平成22年7月17日


 本報告では、学校経営と学校広報について、なぜ学校広報が重要か、学校広報の定義、学校の広報における信頼形成、そして、広報を通じた学校評価に関する意見交換という4つの点について報告する。公立校では、私立校と違って表立って広報をする必要がない、学校便りを出しているので広報は行っている、余計な情報を公開することで問題を起こしたくないなどの意見が出される。地域から学校に対する意見は個別に出されるが、その多くは学校の理解不足によるものも多い。そこで、学校で行っている日常を発信すればよいのだが、実際にこうした提案に現場は、管理ができない、内容の承認をとるのに時間がかかるなどの意見があり、進まないことが多い。

 学校情報に対する調査によれば、未就学児童を持つ家庭では、学校に関する情報が不足していると考えている親が多い。また、子供を持つ親は、小学校から高校へ上がるにつれて、収集している情報量が不足していく傾向がある。また、学校便りなどの文書が、どの程度浸透しているかも疑問が残る。子供に渡していれば広報していると学校側は考えがちだが、ある調査では、子供に渡した文書が親に伝わる程度は4割という結果がある。

 学校広報は、学校と公の関係づくりと定義すべきである。よって、対外的な窓口を管理職が務めるべきであり、それゆえ学校経営課題の1つとなる。広報というと「宣伝」と考える人もいるが、PRとは文字通り、公との関係づくりである。ボトラー(1972)では、学校広報は学校と対象との間で十分理解しあい、友好的な協力関係を築くために行う活動であると指摘している。よって、一方的に文書を送りつるような広報は、不十分と言わざるを得ない。学校の広報は、公的な組織の姿勢を示すものであり、学校広報の基本は、児童生徒の個人情報以外の全て、つまり、公的組織情報を出すことである。

 では、広報は誰を対象にするのか。これには、顕在的対象と潜在的対象がある。例えば、ウェブサイトには学校に関心がある人がアクセスしてくる。顕在的ステークホルダとしては、組織主体(教育委員会、管理職、教職員)、コスト負担(自治体、納税者)、直接受益者(児童生徒、保護者)があるが、見落としがちな点は、これらに加えて潜在的ステークホルダである、間接関与者(保護者以外の家族、転入学希望者、卒業生)がいることだ。

 広報の目的は、1つではない。なぜなら、目的は段階に応じて変わるからであり、宣伝、信頼、説得、協働の4段階で変わる。しかし、学校では宣伝は必要ないと考えてよい。そこで、信頼づくりから、説得、協働の段階へ持ち込むことが課題となる。宣伝は、いいことしか伝えず、粉飾・虚像という側面を持つ。しかし、信頼獲得に必要なものは、誠実さと相互信頼である。さらに、説得段階では愛着とこだわりが必要になる。学校のアンケートを見ると抽象的なものが多く、一言で丸をつけるのが困難な内容が少なくない。最終的には、協働段階で意志決定と協働が必要になり、ここまでくると学校へのアドバイスや助言が得られるようになるだろう。

 学校広報の手段にはいろいろあるが、広報は統合的アプローチであり、学校広報計画に沿って行うものである。その中で、学校便りやウェブサイトなどそれぞれの手段が位置づけられなければならない。学校広報の展開は、校長のリーダーシップのもとで組織的に多様な担い手によって展開されることが必要である。信頼形成段階の学校広報は、日常的学校広報になる。一般の社会人から見ると、学校はブラックボックスであり、よいイメージを持っているとは言えない。「メディアは現実を構成する」という命題があるが、マスメディアは学校不信、不安の一原因でもある。マスメディアは、非日常を報道するため、日常を知らない学校外の者は、非日常を日常化する。しかも、社会人は学校経験があるので、かつての学校はよかったというイメージを持っており、この非日常の日常化をより強化する傾向も持つ。学校の情報発信がないと「学校が情報を隠している」など、ネガティブな評判を強化するスパイラルに陥る。そこで、学校活動を淡々と毎日発表するだけで、あの学校はきちんとしているという評判が得られる可能性を指摘したい。

 すなわち、マスコミに任せるのではなく、学校自身が学校の現実を語る必要がある。言うまでもなく、マスメディアと学校広報は別物である。マスメディアは、視聴者を釘付けにできるだけの刺激のある情報を求めているが、学校広報は興味のない人を無理に引きつける必要はない。そこでは、誠実で地味な情報が基本だろう。こうした情報の発信にこそ、ウェブサイトをうまく活用することを提案したい。学校でその日あったことをすぐに発信できるとよい。現在は、CMSも普及してきており、日常をチームで発信する体制さえつくれるなら、決して難しいことではない。例えば、教員が携帯電話で画像を撮影して情報を発信する事例、先生の活動、職員室での仕事ぶりを紹介する事例、校長が学校の授業の様子を参観して紹介する事例、クラブの先生の指導の下で、子供が自ら記事を書き、全国の情報委員会・パソコンクラブからコメントが入るなどの事例もある。また、同じ記事も、多様な立場から多様な記事が集まることが重要で、同じ運動会でも担当者一人による発信よりも、多くの人の視点から発信できるとよい。

 1日に5回以上発信している学校向けになるが、上のような取り組みが進むと、「書き散らしているだけで、次のステップにつなげるにはどうすればよいかわからない」という悩みに直面する。そこで、それを評価に使うことを考えている。保護者に評価を求めると、「わからない」「まあまあ」という意見が圧倒的になり、何を評価すればよいかわからないケースが多い。これは、学校に対してものを言うのは大変なので、学校に対する遠慮や面倒会費が主な原因であり、「まあまあ」というのは、「やや不満足」という意味と考えるべきだ。保護者から見れば、いきなりアンケートが来て、どう答えてよいかわからず、子供に聞いてもやはりわからないという事例も多い。保護者にはPDCAのCだけが知らされている状況と言える。そこで、断片である日常的な広報を、意図や重点目標に応じて組み直すことで、評価に活用できるとよい。

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