大学・学校づくり研究科 第27回定例研究会

「総合行政によるまちづくりと社会教育の課題
―愛知県高浜市を事例に― 」

中村 康生 氏
(名城大学)

平成23年5月21日


 本報告では,総合行政によるまちづくりを社会教育の観点から調査・分析した内容について報告したい。1990年代は,バブル崩壊,大量失業,中央集権批判などが相次ぎ,地方分権に注目が集まった時代であるが,地方側も中央が何とかしてくれるという意識を持った時代でもあり,地方分権を推進する法整備が相次いで進められることとなった。その過程で,2000年4月に地方分権一括法が施行され,機関委任事務の廃止,国による自治体絵の関与の廃止などが行われた。その中で,地方分権の象徴的な制度として,文科省の反対もある中で,教育長の任命承認制の廃止が行われた。

 こうした流れの中で,高浜市では行政の総合化の一環で,教育委員会を学校教育に一本化し,社会教育・幼稚園教育を市長部局に置くことを行った。これについては,文科省が学校教育と社会教育を一体で行うという教育であり,委員会制度の趣旨に反しており不適切という見解を出している。しかし,高浜市は,「まちづくりの基本となる人づくりには,多角的施策が必要で,教育委員会のみで十分な展開はできない。市長部局と教育委員会で二元的に実施していたが,事務効率化および施策方針の一元化を図るため,教育庁の指揮監督の下,生涯学習部門を補助執行させることとした。」とその趣旨を示した。

 教育委員会から補助執行された事務には12あり,市立幼稚園,市立幼稚園職員,社会教育委員,生涯学習,スポーツ,芸術・文化,図書館などに関することが対象となった。当時の市長の施策は,「オンリーワン政策」と呼ばれ,地方分権を職員力・住民力を高める好機とするために,周辺の財政力のある市から埋没しないような政策を意図していた。そうした中,森市長の教育委員会対等としては,行政職出身の教育長登用,新設小学校への民間人校長登用案,学校評価の導入による学校改革などを進めていた。学校評価制度については,98年に中教審答申で示された後,02年に努力義務化,07年に義務化されたものであるが,高浜市では03年より導入している。これについて,当時の教育長は,企業や行政組織がピラミッド型であるのに対し,学校は学級王国で,教員たちが平板状に学級王国の経営にあたり,それを束ねる教頭・校長だけが「鍋のふた」のように突出していると述べ,学校評価制度導入を進めている。

 2004年以降の特徴として,行政スリム化が進められることが指摘できる。教育委員会から社会教育部門と幼稚園部門を市長部局に移管し,市民の要望に迅速に対応できる組織構造を目指してきたものの,組織構造としては職員の意識の問題も含め,十分機能しているとは言えなかった。こうしたことをふまえ,指定管理者制度による社会教育施設の運営を進めることとなったが,指定管理して,さらに業務委託されるといわゆる丸投げになり,歯止めになる対策を打つべきだという議論が議会でされるなど,困難な課題を抱えた施策であったことが伺える。指定管理者制度は,5年という期間を区切った契約であり,継続的なサービス提供に関する疑問についても多数指摘されていた。

 2009年より吉岡市長が就任し,生涯学習基本構想と教育基本構想の策定を進めることとなった。この背景には,市長部局での社会教育行政について,どういう人を育てるのかが見えない,何のための事業かわからず何となくイベントをしているという批判があったことがある。そこで,生涯学習基本構想では世代を超えた学び合いを掲げ,教育基本構想では幼保小中の連続性のある学習と地域資源を活かしたカリキュラムを進めることを確認した。この中で,地域社会の学校化を目指すことになる。高浜市では教育委員会が学校教育に特化し,市長から出てきたものが社会教育の中に入り,形骸化していく経験をしたが,様々な規制が緩和されていく中で,方向を見失うと社会教育の停滞を招くこと恐れもある。教育委員会が学校教育に特化してしまったため,補助執行を残したとはいえ,高浜市では社会教育の停滞につながったとも考えられる。現在進められている2つの構想を軸に,行政の責任として社会教育を推進することが今後の重要な課題であると言えよう。

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