大学・学校づくり研究科 第28回定例研究会

「教養教育実施組織の変遷と課題(1)」

青山 佳代 氏
(愛知江南短期大学)

平成23年6月18日


 本報告では,名古屋大学教養部発足から大学紛争,カリキュラム改革を中心に報告したい。特に,一般教育の始まり,名古屋大学教養部の法制化,さらにいわゆる46カリ・59カリについて注目したい。まず,名古屋大学は49年5月31日に申請名古屋大学として発足した。教養教育を担当する部局としては,瑞穂分校・豊川分校が設置されたが,教養部長は置かれず,総長直属の「分校主事」が各分校に置かれた。これは,教養教育が専ら三統括校の教官に任され,全学的な取組体制とならなかったことを示唆する。例えば,理系の履修基準として,数学に10単位を含む一方,人文・社会科学については2科目4単位以上の履修でよいとされていた。これは,教養部の理科系は学部専門課程の予科的性格が強いものと言える。その上,大学基準の単位を半分(通常2単位を1単位)とすることで,54年に大学基準に沿った単位基準へ解消されるまでの間,倍の科目を履修させる規程をも制定していた。一方,分校,すなわち教養部の運営体制としては,教授会の扱える人事は非常勤講師と助手の任免のみであった。教養部の教官人事や教育方針は,総長が主宰する教養部審議会で決定され,これに教養部教官は出席できなかった。

 このようにして出発した教養部であったが,学生紛争の波が名古屋大学にも及ぶようになり,学生増加に伴う大人数教育の横行に対する学生大会,デモ,ストライキが行われるようになる。この際,全国的にも珍しいこととして,教養部ではカリキュラム改革に先立ち,学生アンケートを実施することとした。このような発想は同時斬新であり,各種メディアでも大きく報じられた。69年に教養部カリキュラム検討委員会が設置され,アンケート小委員会が70年に『教養部学生カリキュラム問題アンケート第一次報告書』を刊行した。こうした経緯を経て,その後46カリキュラム作成委員会が,5つの柱をまとめることとなった。具体的には,(1)必修科目を減らし学生の自発的学習を期待する,(2)学年や文理別の指定をなくす,(3)開講時間帯の系列別整理,(4)学部授業割り込み排除と金曜午後の解放,(5)演習授業の設置である。学生への迎合とも言える形でまとめられた46カリであるが,当時は学生の意図を汲んだ特色あるカリキュラムとして評価されていた。しかし,学生の気質変化と共に,未習外国語を避けたり理科系で数学の単位がない者などが出たため,再び名古屋大学では学生調査に基づくカリキュラム改正を行うことになる。59カリでは,必修,選択必修の導入や外国語2科目必修化など9点の柱に基づくカリキュラム改正を実施した。

 このように見ると,名古屋大学の教養部は,教養部長不在で人事権がないこと,大学基準からの逸脱を行ってきたこと,カリキュラム改革の際には学生の意見を積極的に取り入れた点が特徴であると言える。

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