大学・学校づくり研究科 第33回定例研究会

「幻想としてのInstitutional Research
―米国IR視察を経験した大学職員の目線から―」

難波 輝吉
(名城大学)

平成24年1月21日


 本報告では,近年注目の集まるキーワードの1つであるIRについて,幻想ではなく実際に使えるIRを考えていきたい。IRの定義・機能については,SaupeやThorpeが示すように,機関の企画立案,政策形成,意思決定を支援するための情報提供を目的とした,大学内部で行われる調査研究を指すものである。具体的には,計画策定支援,意思決定支援,政策形成支援,評価活動支援,データ管理・分析,外部・内部へのレポートなどがある。日本でも教育成果の可視化などの関心から,IRに注目が集まってきた。日本型のIRという名の下で,教学IR,学生調査,認証評価,データベース開発など,非常に狭い領域に注目しすぎた取り組みにIRという名称を付けるものが多い。実際にIRの勉強会などでも,IRが行うこと・行わないことについて混乱があったり,担う人材の育成,IRは組織を指すのか機能を指すのかなど,様々なレベルで混乱がある。これらに1つ1つ答えを出すことは,理論的なアプローチより実務的なアプローチで考える方が早いと考えられる。

 そこで,実際に米国の7大学のIRを視察して得た知見を示したい。Lake Forest Collegeは学生数1000人前後の小規模大学であり,IRオフィスにはスタッフが1名置かれている大学である。リベラルアーツ系大学のコンソーシアムに参加してデータ交換を行っており,自校と他校の比較を行う上で,有効な取り組みである。1名のスタッフはコンソーシアムメンバーへ業務上の相談をするなど,小規模大学ならではの工夫を行っている。正確な情報収集・分析と利用価値ある情報を大学経営執行部へ提供することを最も大事にしている。Knox Collegeも同様に規模の小さい大学であるが,スタッフは3名置かれている。この大学は,調査時点でIRオフィスが置かれて2年目である点が特徴である。スタッフの話では,教授団が教育・研究に取り組む中で,IRに理解を示さないことが課題と考えており,組織初期に特有の良好な関係を築けない課題がある。そこで,この大学では基本的なIRに関する教員・執行部に対する研修を行っている。情報に基づいて意思決定を行う研修などである。ゴーストデータ(利用価値が高いにも関わらず活用されない・上層部に上がってこないデータ)が多く,インフラ整備やデータの扱い方・回し方でも苦労している大学である。ミネソタ大学は学生数が50000人以上の大規模大学であり,IRオフィスにも11名が置かれている。スタッフも博士学位を持つ者など専門性が高く,質の高い活動を行っている。先の例と逆にコンソーシアムに参加せず,独自の調査に没頭する時期があったが,近年は共通データを活用して他大学との比較作業に取り組めるようになった大学である。

 こうした米国のIRを見ると,Thorpeの9機能で分類すれば,全ての大学が全ての活動を行っているわけではない。データ管理や内外へのレポートは機関の義務的なものがあり,全ての大学で行っているが,意思決定支援や計画策定支援に取り組まないIRオフィスも多く,機関の特徴に応じてオフィスにも多様性がある。ただし,どのオフィスも,組織のミッション・ビジョンを明確に定義し,コンソーシアム組織の活用と,大学執行部と信頼関係を保つための活動を行っている点は,共通して取り組んでいる。日本の大学では,退学者数などネガティブな情報を隠す傾向があるが,米国ではそれらを共有するメリットを重視している。また,アセスメント手法の開発も進んでおり,教員のみならず職員がそうした活動に関わっている。一方,現場レベルでは少ない人数の割に対象業務が広く,スタッフ数の問題,人材の育成の問題が深刻である。また,ゴーストデータの洗い出しや,現場でIRを活用するための研修機会の充実も課題である。

 米国ではIRの価値を高めるために,レポートから,分析,進捗把握,将来予測とより価値の高い取り組みを目指して各大学が工夫している。日本ではまだレポートにも至らない段階であり,今後の課題である。そうした取り組みを担う人材としては,必ずしも学位所得者など高度な専門職である必要はない。むしろ日本では大学の職員が担うべき部分が多く,そのためには組織文化の把握が重要である。統計などはある程度業務と切り離して学べるものであるが,組織の文化を知り,効率的に動かしていくことは業務の経験からしか学べないものであり,職員が伸ばすべき能力の1つである。すなわち,統計の知識や表計算ソフトに精通することも重要だが,職員がデータ分析の問いの設計力を高めることこそが重要である。そうした意味で,IRを担う者は,日本ではデータと組織の両者を分析できる職員が望ましい。教員がデータを囲い込んで研究をするのではなく,職員がデータを用いて現状を語り,執行部を支える裏方のスタッフとして機能すべきである。

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